MX Master 4が登場した今も、私は前モデルのMX Master 3Sを使い続けています。不具合が出てきたら4に乗り換えるつもりですが、現状まったく困っていないのでそのまま。

ただ、この記事はMX Master 3Sの製品レビューではありません。スペックや基本機能はすでに語り尽くされているので、ここではもっと個人的な話をします。それは「多くの人が便利だと言う2モード切り替えを、私はあえてやめた」という使い方の話です。

ホイールを常にフリースピン状態にする。たったそれだけのことなのですが、これに変えてからスクロールの感覚そのものが変わりました。そして変わったのは、世間で語られがちな「速さ」ではなく、もっと地味で本質的な「質感」のほうでした。

MX Master 3Sの定番である2モードを、なぜやめたのか

MX Master 3Sの代名詞と言えば、あの金属製ホイールです。普段はカチカチと小気味よく刻まれるラチェットモード、そして必要なときには一気に回り続けるフリースピンモード。この2つをホイール下のボタンやチルト操作、あるいは回す勢いで自動的に切り替えられるのが、このマウス最大の魅力として紹介されます。

長い書類は高速フリースピンで一気に流し、細かい位置調整はラチェットでカチカチと。たしかに理にかなった使い分けで、多くの人がこの2モードを前提に使っているはずです。

私も最初はそうでした。ところがある時、設定を常時フリースピンに振り切ってみたところ、もう元に戻れなくなってしまったのです。

常時フリースピンの本当の利点は「速さ」ではない

MX Master 3S

常時フリースピンと聞くと、たいていは「高速スクロールできて便利」という話になります。もちろんそれも理由の一つではあります。でも、私がこの使い方を手放せなくなった本当の理由は、速さではありませんでした。

一番の理由は、スクロールがカクつかないことです。

通常のマウスやラチェットモードでは、ホイールを回すとカリカリという引っ掛かりが一段ごとにあり、その一段ごとに表示が止まります。普段使っているとこれが当たり前すぎて気づきにくいのですが、画面のスクロールは細かく階段状に動いて、わずかにカクついて見えているんですね。

ところが常時フリースピンにすると、この引っ掛かりが消えます。ホイールが滑らかに回り続けるので、スクロールも一切止まらず流れるように動く。これは感覚としては、Magic Mouseやトラックパッドでスクロールしているときと同じ滑らかさです。Macを使っていてトラックパッドのあの「ぬるっとした」スクロールに慣れている人ほど、この違いはすぐ分かると思います。

そしてもう一つ、微妙な位置でピタッと止められること。ラチェットだと一段ごとにしか止まれませんが、フリースピンなら段に縛られず、見たい行をちょうど画面中央に持ってくるような細かい停止が自在にできます。

この「カクつかない滑らかさ」と「止めたい位置で止まる自在さ」。この2つが揃ったことで、私にとってフリースピンは便利機能ではなく必須機能になりました。

慣れるまでの戸惑いと、慣れてからの変化

正直に書くと、常時フリースピンに変えた当初は戸惑いました。

これまでラチェットの一段ごとの抵抗で「ここまで」と止めていた感覚が通用せず、ホイールを回すとスーッと行き過ぎてしまう。最初の数日は、目的の場所を通り過ぎては戻る、を繰り返していました。階段を一段ずつ降りていたのが、いきなり滑り台になったような感覚です。

ところがこれは数日で身体が慣れます。慣れてしまえば、回す勢いと止めるタイミングを指先が勝手に覚えるので、行き過ぎることはなくなりました。そして一度この滑らかさに慣れた身体は、もうラチェットのカクカクには戻れません。たまに他のマウスを触ると、あの一段ごとの引っ掛かりが急に気になるようになってしまったほどです。

便利だから使っている、というより、もうこれが普通の感覚になってしまったというのが正直なところです。

親指の横スクロールという、もう一つの効きどころ

MX Master 3S

フリースピンと並んで、私がMX Master 3Sで手放せないのが親指側の横スクロールです。

横スクロール自体は、Shift+ホイールで実現できるように設定もしています。でも、その追加操作すら挟まずに親指のサムホイールだけで横移動できるのは、やはり段違いに快適です。表計算ソフトで横長のシートを見るとき、画像編集で大きなキャンバスを左右に動かすとき、この親指一本で済むかどうかは作業のテンポにそのまま響きます。

ただし、もっと速く・もっと大きく横に動かしたいときは、サムホイールでは少し物足りないこともあります。そういう場面は、デスクに併せて置いているMagic Trackpadが補完してくれます。マウスとトラックパッドで横移動の役割を分担しているわけですが、このあたりの「どのデバイスに何をさせるか」という話は、入力デバイス全体の役割分担として別の記事で詳しく書いています。

なぜMacでも純正ではなくMX Masterなのか

MX Master 3S

Macを使っているなら、入力デバイスもApple純正で揃えるのが、本来もっとも快適な体験ではあります。

Magic MouseにしろMagic Trackpadにしろ、Appleはこれらのデバイスのために最適化された動作をmacOSに組み込んでいます。だから操作の速さや細かさに慣れることができるなら、純正で完結させるのが一番だと私も思っています。

それでも私がMX Masterに落ち着いたのは、文字選択や範囲選択といった細かい操作の感触、そして製品のサイズ感など、どうしても慣れることのできない部分が自分にはあったからです。このあたりは完全に個人の手とのフィットの問題なので、人によって答えは変わるはずです。逆に言えば、純正とMX Masterのどちらが合うかは、それぞれの得意な役割を理解した上で選ぶのがいいと思っています。私がほかのデバイスとどう使い分けているかは、Mac作業環境の入力デバイス構成の記事にまとめています。

まとめ:これは「設定」ではなく「感覚の選択」だった

MX Master 3Sを常時フリースピンで使う。やっていること自体は、設定を一つ変えるだけのとても小さな話です。

でも、それがもたらしたのは高速スクロールという機能的な便利さよりも、スクロールがカクつかず、止めたい位置で止まるという「質感」の変化でした。トラックパッドの滑らかさをマウスでも手に入れる、と言い換えてもいいかもしれません。

これは便利な設定テクニックというより、自分がどんな操作感を心地よいと感じるか、という感覚の選択だったのだと思います。もし今2モードを律儀に切り替えて使っている人がいたら、一度常時フリースピンに振り切ってみてほしい。数日の戸惑いを越えた先に、戻れなくなる滑らかさが待っているかもしれません。

入力デバイス全体をどう使い分けているかはMac作業環境の入力デバイス構成にまとめています。マウスと同じ「手の移動と感覚」の発想でキーボードを選んだ話はなぜテンキーレスキーボードにしたのかもあわせてどうぞ。